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自営業 跡取りの嫁 中学3年生1年生の母としての記録です。 今時あまりない環境で、いろんな事と戦っていきます♪ サクセスストーリーになると信じて…

鶏口牛後
2013-10-07 Mon 00:31
しばらく更新がなかったのに 訪問してくださった皆さんありがとうございました。

書きたいことは山ほどありますが 

まずは・・・ 二つ前の限定記事の続きになります。 小6のお兄ちゃんのこと。 前の限定記事の続きとなってしまいますが
あれから、お兄ちゃんに関してはもやもやが続いていました。

サッカー部の話なのですが
お兄ちゃんは、どうも先生に好かれない。

お兄ちゃんは穏やかで、逆らったりとか
決して扱いにくい生徒ではない。
サッカーも言うほど下手ではない。
サッカー部の夏の大会のときに、A-チームにいたにもかかわらず 試合にまったく出してもらえなくて、 Aチームとして練習していないそれも練習を休みがちな子を使い 性格が控えめなお兄ちゃんが「俺も出してほしい!」 と先生に懇願したときに言われた 「お前なんか使えね~」発言より、親子ともども心を痛めておりました。

その後、夏休みの練習も欠かさず行った。

「練習にこない奴はうまくても試合に出さない!」

先生はそう言っていた。が…・・

夏休の終わりごろ、秋の大会に向け、チーム分けがあった。

お兄ちゃんは、夏大会前はAチームにいて、Aチームだけが朝練があった。

でも、夏休みに練習を休みがちな子
そして、四年生も1人Aチームに入っていたのに
お兄ちゃんは、Bチームになってしまった。 お兄ちゃんは悔しかった。 私も悔しかった。 お兄ちゃんはクラブチームに入っているからこそ くやしかった。練習に来ない2人は確かにうまいかもしれない。 でも兄ちゃんと比べても、お兄ちゃんが負けているとは思えない。 それに、その二人はオフサイドの知識に乏しい。ルールに乏しい。

そして、Bチームだと、朝練ないし、
放課後の練習も、ほとんど先生は見てくれない。
Aチームだけ指導する。
天と地だ。 私は、チームが決まる前に「もしAチームに入れなくても朝練は行きたいって先生にお願いしなさい!」 そんなことを言ってしまった。 それは私が辛かったからそういってしまった事だ。
お兄ちゃんの気持ちを考えていない言葉だった。
でも、これは私が親としてどうあるべきが考えなければいけない チャンスだと思うようにした。
うちは学校のすぐ近くで、運動場を横切って校舎に行く。
だから、サッカー部の朝練を見ながら学校に行く。

お兄ちゃんは、朝練をやりたい。
大好きだった、 練習をしているのを横目で見ながら行くのが辛いと私は勝手に思っていた。
でも、もっと辛いのは、もし先生に
「朝練」に出たいといったとして、
「お前なんか来るな!」そう言われてしまうかもしれない事のほうが よっぽど辛いだろうと、気づいた。
先生の言動にはかなり神経質になっていた。
私は、練習量が少ないと、もっと差が出てしまうと勝手に思ってしまっていたが よく考えたら・・・ これはチャンス。
朝練にいく同じ時間に起きて家の工場の駐車場で 自主練すればいいじゃん!!! すぐに、ドリブル用のコーンを買いに行き 毎日基礎を叩き込む練習を始めた。
お兄ちゃん自身 自分で、クラブチームでの練習を思い出して 自分にはどの基礎が足らないのか考えて 自分でプログラムを作った。
ドリブルが苦手なおにいちゃん・・・ 毎日同じ事をするのを少し嫌がったりもしたけれど 気分を乗せて、毎日がんばった。 クラブチームが一緒のチームメイトは お兄ちゃんがAにはいっていないことを、「どうして?」 と言ってくれた。 クラブチームが一緒の私と一番仲良くしてくれているお母さんは わざわざ電話してきてくれて 「どうしてお兄ちゃんは入れんかった!!!おかしい」 と言ってくれて、 先生に言われた「お前なんか使えね~」と言われたこと言ったら 電話口で泣いて怒ってくれた。 ありがたいお友達もいる。

そこで私はこの言葉を思い出した。

「寧ろ鶏口と為るとも、牛後と為ること無かれ。」

大きな組織の末端のではなく、小さな組織のトップでいなさいという意味。

「鶏口牛後」

私が、高校入試の時に、あまり頭がよくなく(兄と比べてとても)
兄の行っていた高校には到底入れなかったけれど
自分の実力で今いける高校の中では、上を狙おう!と思って
この言葉をよく思い出していた。

ただの負け惜しみかもしれないけれど
今の会社でもそう。
相通ずる言葉だと思う。

お兄ちゃんはBチームだとキャプテンを任される。
試合に出られないと言うこともない。
まさに「鶏口牛後」だ。

しかしBチームには、6年生のクラブチームの友達はいない。
五年生には、クラブチームの子が二人いるが8人制では残り5人は・・・
残念ながらすごく上手とはいない。

キャプテンと言いつつも、
思ったようにみんなは動けない。
支持しても、「キャプテンだから威張ってる・・・」と言われて悔しい思いもした。



話が前後しますが

先生に言われた屈辱的な言葉から
私は、お兄ちゃんをきつくしかることをやめた。
どうしてもお兄ちゃんを見ていると、どうにかしないとと思い
いつも厳しかった。

宿題でもできないと、怒っていた。

私が怒るから、テストも隠すようになっていた.


でもさ・・・
と、お兄ちゃんのいいところを考えるようにした。

今年の夏休みは、5泊6日で隣の県静岡県の清水市に
「全国少年少女草サッカー大会」に出場するために
親元を離れてサッカー漬け生活をした。
とても心配だったけれど
子供たち16人で同じ部屋で生活をして
親の手伝いも交代であったけれど
身の回りのことは、結構やれるようになった。
苦しかっただろうけれど、「楽しかった」「もう一度やりたい」
そんな言葉が出た。
すごくうれしかった。

これは、もっと褒めて自信をつけさせないといけない!!!

そして「記憶力」
お兄ちゃんの記憶力はすごい。
勉強以外のことに対しての記憶力がものすごい。
これは褒めないと!!!

小6は、まだ母親の言葉は大切なんだと信じて。
外では他人に傷つけられながら戦っているのだから
母親くらいは、お兄ちゃんを肯定してあげないと!!!
と今回のことで反省しました。

うちの子達は元気で明るいけれど
勉強は得意でない。
夏休み、小学2年生の漢字から6年生までやってみよう!と決めた。
案の定、2年生の漢字もあまりかけなくて・・・・・・・

いつもの私なら、すごく怒っていたはず。

でも、深呼吸をして心を落ち着かせ
一文字づつ・・・ヒントを与えたり、じっくり考えさせると
ほぼ全部書けた。
やっぱりすごい記憶力は持っていたけれど、
使い切れていなかった。

これは、褒めて伸ばす以外,
この記憶力を使い切れないと思った。気づいた。

今まではどうしてだろう・・・
お兄ちゃんだけは褒めてあげることが少なかった。
「褒めるとそこで付け上がって、自分はすごいと思ってしまい、進歩がなくなる」

そう思っていたし、実際そうだった。

だけれど、今年の夏一回りもふた回りも大きくなって帰ってきた。

そのことを褒め、お兄ちゃんなら絶対にできる!
呪文のように唱えた。

そしたら、表情が明るくなり、

「Bチームで(Bチームだけでも大会がある)優勝してやる!!」
と言い出し、目つきが変わった。

毎日コーンでドリブル練習していたから
苦手なドリブルがかなり上達し、
相手を抜く時に「相手がコーンに見えた」そう言ってくれた。

今までは怒ってばかりいた先生から
褒められることも増えたそう。
同じ部活にいる、妹たちの前でも褒められたことがあったそう。


続く……
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2013-10-08 Tue 11:28 | | # [内容変更]
[Mさま]
コメントありがとうございます。
お久しぶりです。とてもうれしいです。

気持ちを切り替えるのに
二ヶ月はかかりました。
毎日暗い顔、それを見て不安から
私も不機嫌。

夏のクラブチームの合宿で
親元離れてがんばっている姿を見て
考えを改められることができました。

ほめて育てる
なかなかできません。
でも、母の言葉の影響力は
大きいはずと信じて
「やれる!できる」といい続けたいと思います。
2013-10-09 Wed 21:47 | URL | れいこ #- [内容変更]
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